ゆっくりと前に進み続けること
カテゴリ:お知らせ娘は食物アレルギーを持って生まれてきました。
夫も私も食物アレルギーはありませんでしたので、当初以外でした。
しかし夫は大人になってから喘息が発症し、喘息とアレルギーは関連していると後で知りました。
ただそれだけではありません。私が妊娠した頃は、病院でカルシウムを多く取るようにとの指導があり、私は大好きな牛乳を今までの2倍以上、水代わりに飲んで、それもお腹の子供のためと思っておりました。
病院でも、特に注意もなく、周囲の方も2倍食べるのよなんて言ってくれてました。
ところが出産の時には大量出血、22時間に及ぶ難産でした。そして産まれた娘は赤いどころか
真っ白でまるで妖精みたいで、夫も驚きと可愛さでいっぱいだったそうです。
ただ医学的には貧血状態で、すぐに保育器に娘は入れられました。
・・・後で思えば、娘の出産時の貧血も食物アレルギーも、この妊娠中の食べ方がよくなかったのだと思います。
娘に初めて粉ミルクを練習であげた時、耳切れ(耳たぶの下の方がキレる)がすぐに起こりました。
すぐに病院に連れて行き、牛乳アレルギーと診断されました。幸い、母乳で育てることができましたので、あとは生まれる前の私の食べ物の反省をして、栄養を与えることにしました。
そして、普通のお子さんより先生と相談しながらゆっくりと離乳と離乳食をすることで、内臓に負担かけず、薬もほとんどお世話になることなく小学校のときは同じようにみんなと給食も食べれるようになりました。
ながながとした前振りになりましたが、何が言いたいかと申しますと、次のことです。
良かれと思っても、うまくいかないこともある。
そしてうまくいかなかったときは、素早く専門の方に相談する。(自分一人で抱え込んで、悩まない。)
あとは無理せず(自分を責めずに)に、注意深く見守りながら、いつも以上にゆっくりと、でも前に歩いていく。
あのとき、病院でたくさん薬を飲むように指導されるようだと、また違っていたかな思うことがあります。ステロイドもほんの少しだけ使いました。
途中でセカンドオピニオンもしてみました。しかし、ずっとお世話になってる太田先生は個人病院の先生でしたが、大きな病院の先生より毎回笑顔で話しかけてくれて、私はそれだけで安心感がありました。
あの先生に出会えて本当によかったと思っています。このブログを書いて、夫のことも娘、息子の健やかな成長も報告できていなかったことを思い出しました。近々ご挨拶に行こうと思います。
毎日投稿を書かせていただけること、この環境を作ってくださったすべての皆さんに感謝してー。
企業組合リ・そうるけあ
代表理事 高山和 たかやまあい